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豪徳盛顛末記①
厦門豪徳盛は正式には7月末で墓石製造から撤退しました。

実は数年前から職人が減ってきて最盛期700人いた職人が今年の正月明け2月には
30人になり、最後はこの職人を核にして同安の工場(工場名長江)を回す予定でしたが、
工場長を除いて全職人が解雇されました。(7月末)

厦門豪徳盛は外材のみを加工する工場として1996年に操業しましたので15年間で、
その役割を終えました。豪徳盛の歴史は中国における外材特に印度材の加工の歴史
であります。

私のこのブログ2008年くらいから豪徳盛の元気がなくなるごとに何を書くのか何を
報告したら良いのかわからない状態におちいりました。そして、書けば暗い話に
なるので滞りがちになりました。

今から考えれば印度材の黒を中心にして毎週2500才を加工してコンテナーに出して
いたわけですから、凄い生産力であったわけです。それは中国の数ある工場の中で
製品がNo1と言うわけでは有りませんでしたが、No5以内には確実に入るレベルで
有ったと思います。

結局今年の夏のピーク時には当社は5社の工場に無理をお願いして注文をこなして
頂きましたが、これが実に大変な作業でした。やはり豪徳盛は偉大でした。

私は個人的にですが豪徳盛の工場長、研磨の責任者等とはまだ連絡がつきますので
彼らが落ち着いたら又彼らの15年間の経験を生かせるようにしたいと思います。




王文虎社長との数少ない写真の1枚。1999年豪徳盛の彫刻部門で
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【2011/11/02 16:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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